昔々、平安時代に宮廷の庭を造る頃、植木業という専門家はおらず、樹木の扱いが上手だった農家が、庭園の植栽を手伝っていたようです。植木業が専業化したのは、大名や寺社の庭園需要の高まりを背景とした室町時代と言われています。造園と植木生産は連続した取り組みであり、兼業する事業者も多くいます。明治時代に植木・花・園芸材料の輸出入を始めた横浜植木をはじめ、高度経済成長期には緑化事業や種苗生産を経営する企業が多く登場しました。
 今日、SDGs 14, 15として知れ渡っている生物多様性の保全では、植木業、企業や研究機関等が一括りとなって緑化産業を築き、遊休農地やゴルフ場等様々な緑地を活かして国内産・地域産の苗木を生産・流通する体制を構築し、高速道路の法面工事や土木建設工事で用いる植物を地域の生物相と合わせて、水陸の多様な生き物がにぎわう環境づくりを進めています。滋賀県湖南市にあるNEXCO 総研緑化技術センターでは、高速道路の中央分離帯の道路植栽や法面に使う植物を、植栽地周辺から集めて育てた地域性苗木を使って植栽しています。セキスイハウス「5本の樹」計画では、生物多様性を生み出す庭をデザインし、計画に賛同した全国各地の植木業者が多様な樹木を揃えています。

NEXCO総研 苗木生産ハウスで育てている全国の地域性苗木
(2017年時点)
積水ハウス 希望の壁 (2017年時点)
(雨の日の夕方、ぶれぶれになった非常に残念な写真ですが)

 森林山で育てる材木の元となる種苗は山行苗木(やまゆきなえぎ)とも呼ばれ、主として民間の種苗組合が生産に取り組んでいますが、一部には植木業者も参加しています。例えば三重県大台町の宮川森林組合は大台町苗木生産協議会を設立し、自然災害で壊れた山の環境を修復すると共に、林業用に良質の苗木を育てる技術を日本植木協会に学び、日本植木協会の一員として地域性苗木の生産に取り組んでいます。また別の例として、ゴバイミドリの里山ユニットは、植木業者の知り合いである那珂川町森林組合と連携して、里山の風景を守りながら都市の生物多様性を再生するために地域性種苗を生産しています。いくつかの植木産地では、元々山行苗木を生産する林業者に始まり、生産技術を活かして品種を増して植木業になった者もいます。
 時に都市砂漠ともいわれるほど高密度に人工物で覆われた都市では、エアコンや自動車等からの人工排熱で気温が高まるヒートアイランド現象に対して、公園・屋上緑化・壁面緑化等あちこちに緑陰を設けて、植物の蒸発散で気温を下げるクールスポットの創出、グリーンインフラの整備が取り組まれています。日本国で整備されているJ-クレジット制度(旧 J-Ver 制度)はじめ、地球温暖化対策では二酸化炭素の排出権取引・カーボンオフセットが国境を越えて行われますが、既存の樹木の間伐・利用と新たな苗の植樹・育成は二酸化炭素吸収量を増やす排出権取引の根幹です。

大台町苗木生産協議会の一会員の圃場風景(2013年撮影)
那珂川町森林組合の一会員の圃場で植物同定の風景(2013年時点)

 人々が眺める風景、生き物が暮らす自然環境、建築材となる木が育つ森をはじめ、人間社会に対して樹木は多様な価値を提供します。新しい植物を探し出すプラントハンター、庭園・ガーデニングで最適な風景のために樹木を入れ替えたり同業者の間で交換する造園家、林業の一つとして樹木を薪や炭に変える燃料屋、くだものをならせる樹木を育てるのは果樹茶業、茶の会に一輪の花枝を差すために花木を育てる茶道家、園芸療法や介護・福祉において心の癒し空間をつくり又農業として樹木を育てるプログラムを実施する療法士等、樹木の持つ多様な価値に応じて、多岐に渡る職業が樹木を扱います。

 個別植木業者は分野を特定して経営しており、生産品目の用途から狭く捉えると林業、造園業、土木建設業、果樹茶業等に分かれてゆきます。その一方で樹木が生み出す特定領域の価値を総覧すれば、樹木を主たる産品として育てて利用者の元へ流通するまで、里・山・森と都市をつなぐのが、植木業全体の事業領域となります。これまでの都市緑化から、環境教育、生物多様性保全、SDGs に至るまで、Natural Capital を高める自然産業の一プロフェッショナルとして、植木業は大きな役割を果たしてゆくものと思われます。

参考文献

松田藤四郎 (1973) 緑化産業市場と企業の対応 明文書房 218p
飛田範夫 (2002) 日本庭園の植栽史 京都大学学術出版会 438p.+vi
谷中保男・大槻哲也・齋藤与司二・中山和雄・西原義治 (2004) 生物多様性の高い森林復元を目指した地域性自主生産苗木の導入について 日本緑化工学会誌 Vol.30 (1), 239-242
中山和雄・齋藤与司二・吉永剛・恒川明伸・西原義治・ 等々力敏樹  (2005) 生物多様性の高い森林復元を目指した地域性自主生産苗木の導入について(その2) 日本緑化工学会誌 Vol.31 (1), 179-182
亀山章監修 小林達明・倉本宣編 (2006) 生物多様性緑化ハンドブック 地人書館 324p. + xiii
富永斉史 (2008) サステナブル社会の実現に向けて~「5本の樹」計画 ランドスケープ研究 Vol.72(3), 284-287
平田道隆 (2008) 生物多様性保全に配慮した緑化樹木の生産・流通の在り方に関する研究 武蔵工業大学大学院環境情報学研究科修士論文梗概集 p.85-88
中島敦司 (2014) 「生物多様性保全に配慮した緑化の拡大に向けて」:地域性種苗を取り巻く過去から現在までの社会動向 日本緑化工学会誌 Vol.39(4), 468-472

一般財団法人環境イノベーション情報機構 (2010) 6-3:宮川森林組合の取り組み(三重県多気郡大台町)“生物多様性”と現場をつなぐ事例集 https://www.eic.or.jp/library/bio/case/c6_3.html (2022年7月6日閲覧)
宮川森林組合 地域性苗木 http://www.miyagawa-shinrin.jp/gyoumu/naegi.html (2022年7月6日閲覧)
林野庁 林業種苗生産 https://www.rinya.maff.go.jp/j/kanbatu/syubyou/syubyou.html (2022年7月6日閲覧)

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