あなたを笑顔にする”Bloom City” の着想

 藤沢市北部のまちづくりに関わり約12年。2017年11月に開設する湘南慶育病院の準備段階において、病院誘致に尽力された慶應義塾大学SFC研究所ヘルスサイエンス・ラボ共同代表の渡辺光博教授に誘われて、病院とSFC を中核に始める健康のまちづくりに参加しました。そして病院開設後の2018年から2024年まで慶育祭の企画・運営を中核に、健康のまちづくりに取り組みました。

端緒に立ち返り「まちづくり」を考える

 これまで取り組んできた都市―農村交流、景観形成等のまちづくりと異なり、健康のまちづくりとは一体どのようなもので、いかに病院と連携した取り組みを行えば良いか?開始当初は非常に悩みました。そもそも「まちづくり」という言葉が持つ多義性は、研究者の先生方にとって論じられない俗語のようなものとも言われてきました。「まちに住む人の生活に根差す」という基本指針も、例えば近郊農業地帯を見ても農家がいて、商業経営者がいて、工場労働者や国際従業員がいて、戸建てに暮らす乳幼児から団地に住む熟年層までいて、という状況を考えれば、「人」や「生活」の設定に苦心するものとなります。この点から、まちづくりは、一人個人で取り組むものではなく、また賛成賛同者ばかりが集まるものでもなく、主義主張や意見の対立も含めて関与し得る人全員が関わり調整して全体感を作り上げる行為とも捉えられます。多義性を持った故に曖昧なまちづくりに対して、「そもそもまちづくりってなんだっけ?」を問う必要があります。ここで具体的なまちづくりの話題を少し例示したいと思います。

 まちづくりという言葉が大きく広がったきっかけが、建築及び都市計画行政における乱開発による住環境破壊に対する住民の抗議活動と言われており、このことから総合計画、都市計画マスタープラン、地区計画、建築計画や土地利用計画等の策定段階に対する市民参加が始まりました。ここで住民の目線を加えて都市の理想像を描き、その実現に向けた計画を立てて、事業を具体化・安定化するために利害関係者と合意形成の方策が検討されてゆきます。地方自治体の都市政策、特に都市計画において、住民の生活という視座が加わり、地方自治―市民自治が醸成してゆきました。

 地方自治体では、理想の都市を形成するために多方面に渡る政策・計画・事業を抱えているため、「総合性」と「専門性」という二つの観点からまちづくりを整理します。「総合性」としてのまちづくりは、都市の成長・発展をコントロールするために他関連計画を都市計画の下に組み入れて、産業活性・生物多様性・交通網整備・健康福祉等を取りまとめて、目指すべき理想の都市像の実現に向けて調整する役割を果たします。その一方で「専門性」としての都市計画は、自治体行政全体の計画に位置する総合計画の下部に都市計画を入れることもあります。ここでの都市計画は土地利用を整序する機能として見受けられ、経済振興や健康福祉等の専門性の高い分野との関連で語られます。

 都市計画の分野で進んだ理想の都市形成のまちづくりが、広く市民に普及するに連れて、別領域の取り組みがまちづくりとして扱われるようになってきました。特に経済活動から都市を語る論調が進展しています。地域経済としてのまちづくりは、2004年頃に始まった地域再生から地域活性化・地方創生等へと標語を変えながら、地域社会における課題解決に寄与する事業を成長させて、その事業に魅力を感じて担い手を広く集めて組織化してゆく、地域の社会経済上の自主事業を発展させるものでした。この地域経済としてのまちづくりは、都市計画においても住民による市民活動からNPO 法人への発展が論じられてきましたが、次第に中心商業地域の活性化、社会起業家・アントレプレナーの育成、地場産業のコミュニティ形成等、住民であるか否かは問われず、また都市の構造や機能に関わるものよりも、地域経済活動とその担い手について語られるようになってきました。
 さらに最近では大企業と協創するオープンイノベーションや、国際都市間競争を勝ち抜くために知・人脈・資本の集積地(ハブ)を形成し、世界に通ずる新たな産業の成長の機会を生み出すGlobal Startup Ecosystem に関する政策も始まっています。このような広域に渡り重層な政策を立てる都市では、一人一人の行動よりも、自治体、経済団体、大学のような組織の事業や機能が基本単位と捉えられます。同時に主体単位となった組織は、一つの建物内・敷地内で業務が完結するものではなく、その動き方・事業の進め方が都市全体へと拡張されて捉えられます。このように捉えると、ワークプレイスの一つの展開形として、個別企業及び企業―他組織の有機的な働き方を都市に埋め込むという発想にも通じます。ここまで結ぶと、大手ディベロッパーによる都心再開発等が、組織同士、建物同士を相互に結び付ける総合性に寄与する次号として期待されることへと通じます。

 以上、まちづくりの提起から現在まで50年程をかけて、建築・都市計画への住民参加―地方自治と市民自治―地域経済再生・地方創生―起業コミュニティ―新たな産業連関―オフィスの捉え直し―有機的な再開発をまとめる都市計画へ、ぐるっと戻ってきました。これら全てにおいて、『まちづくり』という言葉を使う事業があります。最初に申した通り各まちづくりは、その主体、主題、「まち」の定義・範域等を異にしています。むしろ、都市における専門分野は増える一方で、各分野で使われる「まちづくり」の意味が拡張され続けます。具体・専門領域の現場を見るだけでは、数十年かけて議論が巡るだけで、なかなか明確な定義付けに至りません。次は、また更に横道を歩いて、科学・学問の歴史を訪ねてみます。

※注※なお上記の流れは、専門性の高いまちづくりの各論の多くを脇に置いて、ざっくりと概観したものになります。細かい各論からの批判、精緻なまちづくり論への加筆修正は、有識の皆様とともに文章を改定できたら幸いです。

Town Thinking; まちで協働して構造・機能を調え実践を進める

 まちづくりを再考する上で参考になるのが地理学の議論です。地理学は歴史ある学問の一つですが、近代から現代にかけて知見・道具そして学問の可能性が広がり専門性が高まる中で、自然地理、人文地理、歴史地理、都市地理、経済地理、情報地理、、、と分化してゆきました。その結果、理論としては経済学等の緻密なモデル化、また実践としては都市計画や農村計画等の計画事業手法等を欠いているという地理学研究者自身の内省が行われています。そして地理が対象とする「地域」という設定方法も、研究手法として固定されてしまう傾向があるため、社会理念に照らして定義を拡縮して、理論を導き出す必要があると言われています。この地理学でも、ごく少数に限られますが、まちづくりが研究されたことがありました。その際の学問意義は、住民の生活目線を組み入れることでした。住民、生活、活動というものは、地理学にとって新しい価値観であったということです。しかし、まちづくりから見てみると、住民生活へのまなざしは社会・福祉・医療等の分野で

 この社会理念に照らすという点が、後程重要な鍵ともなり且つ大きな枷ともなりますが、地理学に加えてもう一つ、社会学の議論を参照してみます。地域でも社会でも、地形、文化、組織、役職等という具体・抽象の構造が様々存在し、その要素間に高低差、生態系、受発注、命令系統等の多様な機能を持つこととなります。この構造や機能は恒常性を持ち確定した内容を持ち、モデリングや数理統計によって推理できる形を描いています。しかしここには、いつどこで起きるか未定の土砂災害が現実となって新たに生じた山―都市への水系、また国際紛争や疫病によって直接―間接連関して閉鎖に至る企業群等、設定した構造・機能の外側に存在する事象の働きがあります。そこで持続可能性、レジリエンス等新たな考え方を提唱して、これらの認識外だった外部事象を構造・機能の内側に組み入れ、社会変動の揺れ幅を想定して一程度コントロールできるようにしています。

 先述のまちづくりを考えますと、当初の都市計画行政において、自治体が計画を立案し民間企業の経済活動も合わせた都市開発で想定されていなかった、環境の劣化に反発した住民の抗議運動というものが台頭しました。これが自治体―計画立案という構造から、自治体―市民参加―計画策定という一つの機能を入れた法構造へと変化しました。また小さな地域から始まる市民参加の計画策定という事象に、市民主体の事業化が追加され、且つ全国区から取り組まれる地域再生が地方自治に入ると、次第に地方自治・都市計画の構造から地方財政・地域経済の構造に組み替えられてゆきます。すると社会起業家という個人または起業組織の実践を成長させる各種政策・事業が整備されて、小さな一つの経済活動から広域に渡る経済圏の構造を変えるGlobal Startup Ecosystemという機能を導入していると解釈できます。今日の地方財政と都市計画は専門性の高さ故にバラバラに動いていますが、都市全体=ワークプレイスという考え方を導入することで、経済活動を充実させる従業員の行動を生み出しやすい都市空間のデザインと構造が論じられるかもしれません。

 上記を鑑みると、人間に加えて生態系や機械等が関係して生み出す機能の発現、機能が有機的な連携となり一程度の成果を確実とする構造の設計、機能や構造の限界による課題を解決し新たな機能・構造を創り出す事象・実践の推進という三種類の中から、時代の趨勢や社会理念によって選択されていると考えられます。どれが正しいというよりも、様々な主張の中で、より理想の姿を提示し、より多くの賛同を得られる方向へ傾く、いわば政治で決まるようなものです。ですが政治だけで政策・経営を決めるには限界があり、また大きな反発や対立を生み出しますので、論理学、Critical Thinking、Design Thinking等、複雑で頑健な機能・構造と膨大な実践が存在する世界の中で情報を整理して、課題の解決や行動の選択を決断する方向性を決める思考方法が重視されることとなります。

 ここまで長い道のりを経て、ようやく「まちづくり」を考える場面に着きました。

 現代に求められる「まちづくり」は、「暮らしを豊かにするまちを創る」ことが理念となります。どのような地域の取り組みを対象としても「まち」と「協働/パートナーシップ」が共通項とされるものです。そして、それぞれのまちで実施されるまちづくりは、具体的な空間や抽象的な組織等に関する「構造」、構造の中で形成される風や行政等の「機能」、構造や機能に規制され且つ壊そうとする「実践」の三軸を用いて整理することで、その進め方を決めてゆきます。

 現代の「まち」は、日本国の国土計画である全国総合開発計画から国土形成計画へと名称が変わり、整備開発から利用・保全、未利用や放棄されたものの調整・再利用へと変わった通り、また例えば造園において植樹が完了して、まち並み景観の維持管理へと移ったように、現行構造のまちの状態を保ちつつ、いかに使いやすい機能を持たせる実践を行うか、という趨勢であると理解されます。具体空間構造としての生活基盤が確保されているので、暮らしを充実させるサービスを調えることが、現代のまちづくりの理念として掲げられる方向性になります。

 「まち」は、家庭から見た生活、組織から見た業務、建築や道路、農林水産に関わる自然等を全てが存在し景観として見ることができる実空間でもあり、見えない部分でも情報として結びついている抽象空間の両面を有するものです。「協働/パートナーシップ」は、協業関係だけでなく、現在の対立関係も包摂して将来の協業へと転換させる余地を持つることです。独立無関係により都市開発への反対運動が生じる関係であった自治体・ディベロッパー・住民が、各都市計画策定の場で協議できうる制度―構造が整備されることで地方自治を充実したことが、協働/パートナーシップを不可欠な要素とする経緯です。

※注※各分野の詳細な固有の脈絡を省いて、一部の流れに限って参照しています。各学問と哲学に関しては、世界中の専門家・研究者の先生方が膨大な量で厚く論じていらっしゃいいますので、各書籍・論文をご参照ください。

健康のまちづくりを起ち上げる

 さて、ようやく主題に立ち返ることとします。まちづくりにおいて専門分野である「健康」が、どのまちでどのように協働するのか、その構造、機能、実践から考えてゆきます。

 慶應義塾大学SFC 研究所ヘルスサイエンス・ラボは、食、運動、心という三軸から健康づくりを唱えて、昔から伝統・文化として脈々と続く世界各国の食品やライフスタイルに着目し、天然物由来の成分や自然と生きる暮らし方がいかに人々の健康に寄与しているか、日々研究されていました。これらの研究のキーワードは「ごきげん」です。「ごきげん」と聞いて思い浮かぶものはなんでしょう?というアンケートを慶育祭で取ると、いろいろと想起される内容がありましたが、一番は「笑顔」でした。健康になるためには、食事や運動もさることながら、まず笑顔でいること。この「ごきげん=笑顔」になるという命題を持って、健康のまちづくりの企画が始まりました。

 まずはじめに、ヘルスサイエンス・ラボの研究成果は、誰かの生活の一部で使用されているかもしれませんが、まちづくりの中に関わっていない状況でした。そこで藤沢市北部に新設した湘南慶育病院を核として、研究成果及び実践としての治療を住民の暮らしの中で活用してもらう仕掛けとなるよう、慶育祭という年に一度のイベントを開催しました。このイベント第一回目は、湘南慶育病院というものを広く知ってもらう意義も持ち合わせていたので、対象は湘南慶育病院にかかったことが無い人たちです。このイベントをきっかけに、病院が地域の一員としてまちづくりに関わる機会を作り、また大学、病院、地域が協働で健康のまちづくりを考え動き出す機会を作ろうとしました。同時に、年に一度の慶育祭を中心としながら、ヘルスサイエンス・ラボの学生と共に、日々の実践を通じて地域になじむ機会を作ることとしました。

 詳細は別記事に任せて、途中COVID-19の流行により取組内容も進め方もかなり変わりましたが、下記のような実践を進めて、藤沢市北部の近郊農業地帯の一つの活動拠点を作ろうとしました。

◆ヘルスサイエンス・ラボがまとめる世界の健康づくりの最新研究成果や、湘南慶育病院の治療についてまた医師からお届けする健康づくりの情報発信

◆公園を活用したイベントの開催、および病院入院患者のリハビリテーション時に活用できる歩行訓練コースの充実並びに園芸作業の準備

◆体験農園―野菜、米、フルーツを育てながら、野外で体を動かして健康になるプログラムの開発提供

◆馬術・テニス・柔道等のスポーツの知見に基づく身体づくりやスポーツを楽しむコミュニティ形成等の普及啓発プログラムの開発

◆情報ツールを使いこなしていつでも人々の交流を絶やさないスマホ講座の企画運営

◆民間療法・伝統医学・西洋科学の混ざる野草・ハーブの育成から調理までを楽しむ健康プログラムの開発提供

◆季美の森を舞台に農あるまちづくり及びIntercultural Community の企画運営

ごきげん=笑顔 = 笑う = 顔がほころぶ => 花開く=> Bloom = 幸せになる

 藤沢市北部における健康のまちづくりは、「ごきげん」をスローガンにすることで広い協働を築き、一つの構造、機能、実践の関係を作りだす試みでした。地域ならではの資源を生かして「ごきげん」になる実践を複数展開し、それらが有機的につながる構造を持つ範域を「まち」に設定しようとしました。これに独自性を持たせる名称を検討すると、「ごきげん」という言葉から連想していって、笑顔―笑う―顔がほころぶ―花笑う―花が咲く、とつながり、”bloom” という英単語が浮かびました。そして、この単語をOxford Advanced Learner’s Dictionaries で調べると、「花が咲く」だけでなく、「健康になる、自信をもつ、幸せになる」という意味がありました。健康に自信と幸福が並んでいるという点も重要ですが、まさしく「ごきげん」というスローガンを掲げたまちづくりにとって良い言葉だと思いました。こうして、”Bloom City” という、「ごきげんで溢れるまち」という都市の理想形が生まれて、その達成に向けて、健康という専門分野からのまちづくりを構成してゆく方法が立ち上がりました。

 ”Bloom City” の実現に向けて「ごきげん」を広げる実践は、大学だけでできるものではありません。病院はもとより、他大学、自治体、町内会、農家、飲食店、個人事業主、大中小企業等、様々な主体と協働し、時に衝突、時に未達成を繰り返しながら、少しずつ成果として積み重ねられるよう実践を進めてゆきました。この協働関係はヘルスサイエンス・ラボがまちづくりに参加したこと、病院と連携して慶育祭が始まったことで成立し、実践を展開することが可能となりました。

 これらの実践が、地域のまちづくりの構造内で一つとして組み込まれるには、より多くの時間と成果が必要でした。しかし大学生という属人的な要素と彼らの思い・技能・性格等他にはない特徴があり、全ての実践を継承することはできないという課題も常に抱えていました。この点でヘルスサイエンス・ラボとしての実践は、企業のような恒常的な事業として定着できないことで、自治体の健康政策や都市計画等の構造に関わることはできませんでした。一方で慶育祭は、病院の立地地区の市民センターと連携してセンター長が交代しても毎年実施する機能を追加することができました。

 ヘルスサイエンス・ラボでの健康のまちづくりが始まった頃、健康のまちづくりは各地で実践されていましたが、まだ大きな流れではありませんでした。1986年のオタワ憲章で謡われたHealth Promotion から約40年経った今日、WHO で掲げられたHealthy Cities、日本全国で多くの事例が集められ、関連分野で研究も始まっています。これから将来に向けて、事業と研究が積み重ねられて、一つの専門分野として打ち立てることが目標となります

 ヘルスサイエンス・ラボに参加して医学研究や医療と関わった経験は、これまで経験してきたまちづくりと異なる手法や見方を得る機会となりました。神奈川県では未病の改善として取り組まれており、健康器具・デバイスを介したデータ化というものが大きな流れになっています。そして医学が明らかにした生理現象を捉える最新機器の活用を通じて、約50年前から都市計画・景観・造園の分野で人の趣向・認識・主観に関する研究が裏打ちされています。私達が持つ感覚や言葉で表現してきた内容が、自然界と脳・細胞等との間の関係として理解されているのです。この事実を学びますと、昨今の医学研究やヘルスビジネスでは健康になる人体のメカニズムを把握するデバイスが不可欠ですが、過去の研究を再検討することで、その活用方法をもっと深めることができるものと思われます。

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