植木業の研究は、私見の限り、小田内通敏が記した『帝都と郊外』(1918)が初見です。明治時代には、新宿、中野、渋谷、目黒、蒲田等に近郊農業が広がり、植木業を営む人々が存在していました。帝都東京の発展は近郊農村を都市化してゆき、近郊農村の外側にあった農村を近郊農村として組み込んでいきました。『帝都と郊外』は、植木業を主対象とした研究ではなく、帝都東京を整備する開発の中で変わりつつある近郊農業の中の、一産品を作る植木業を記しているものでした。植木業を主対象とする研究は、戦後まで待つこととなります。

 明治時代以上に全国の都市開発が大きく進んだ高度経済成長期、商業・業務街、住宅団地、高速道路等の整備に伴って植木の需要が高まりました。加えて、高度経済成長期により公害・環境問題が噴出しました。沿道の街路樹には自動車のばい煙に強いイチョウが選ばれるように、都市の中に自然を生み出す植木が求められました。この中で、植木の市場と植木業の経営に関する研究が進展しました。都市化とモータリゼーションにより日本全国に植木生産地が形成されてゆくと、各植木産地に関する研究が充実してゆき、バブル経済の終わる頃まで様々な植木産地の様相が明らかにされました。

 植木が大量に動いたバブル経済がはじけると、植木の市場は縮小した一方で、植えられた樹木をいかに維持管理して、まちの緑を調えてゆくかという方向へ移っていきます。植木業は、都市の風景として緑を構成する産業として捉えられて、庭園文化の歴史と共に植木業が果たす役割が研究されてゆきます。このスタイルは、ロサンゼルスの110年の歴史についても研究されており、昨今の一つの視座になるのかもしれません。

 植木業の研究史を概観すると、経営環境の変化により近郊以遠に立地する農業ですが、植木業は都市の「自然」に関わる産業と言えます。植物に関する知識と技術に精通し、伝統ある品種や開発した新品種の植木産品を販売し、都市インフラに合わせる緑を生産・流通し、園芸文化の知識や技術を学ぶサービスを提供し、その立地自体が都市景観を形成する。近郊以遠では、植木の「生産」に取り組む農業景観を形成する。昨今「グリーンインフラ」という用語にも類似しますが、都市社会基盤を支える大切な産業の一つとして植木業があると言えるでしょう。

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